読書と勉強に役立つブログ

これまでに読んだ本、これから読もうとしている本、勉強方法などについて書いていきます。

アルジャーノンに花束を(ハヤカワ文庫NV)  ダニエル・キイス

知識や教養があっても、ひとを思いやる心がなければなんにもならない。

 

自分自身、知識や教養を身につけようと思ってじぶんなりに本を読み、ようやくそのことに納得がいった。

 

むかし、通っていた塾の先生に「東大いこうがどこいこうが、そんなことは大した問題じゃない」と言われたことがあったけど、いまの僕はそのことに心の底から賛同する。

 

大した問題なのは、ひとの痛みをじぶんのことのように想像できる力をもつことや弱っている人間に優しさを示す勇気をもつとか、そういうことだ。それなしに知識を蓄えたり知能をあげてもなんにもならないどころか、世の中に災厄をもたらすことさえある。

 

しかし、知識や知能を鍛えることは奨励されているが、想像力や勇気、思いやりの心をもつといったことはあまり重視されていないように感じる。だからこそ、小説や文学というジャンルにおいて、これらがテーマになることが多いのだと思う。

 

人生における大切なことを伝えるために、ときとしてそれはフィクションである必要がある。それは絵空事ではなくて、ただ、現実世界では達成したり実現することがきわめて困難なものなのだ。

 

作者のダニエル・キイスが言うとおり、知識や教養が愛するひとびととの関係に楔(くさび)を打ち込むことになることがあるのだ。

 

そうして、いちど壊れてしまった関係がもとのようになる可能性はきわめて低い。

 

この小説が多くのひとに読まれ、共感をよんでいること。そのことに少しの希望をもつことにしよう。

Genesis セバスチャン・サルガド 

優れた作品というものは、それがどのようなジャンルに属するものであれ、一目みただけで分かる。

 

そして、ほんとうに優れたものに出会うことができることはきわめて稀だ。

 

写真家セバスチャン・サルガドの作品をはじめてみたときは、衝撃だった。それは難民をテーマにした写真集のなかにおさめられている一枚だった。

 

サルガドは、難民をテーマにした写真をとりつづけるなかで、救済など信じることができない、この世の地獄を目にしたそうだ。

 

驚くべきことに、サルガドの精神はそのようなものを目の当たりにしたあとでも、人間としての高潔さを保っていた。偉大な芸術家の精神は、しなかやで強靭なのだ。

 

この『Genesis』という写真集は、それまで人間を撮り続けていたサルガドが、自然や動物にカメラを向けたもので、地球賛歌といっていい内容になっている。

 

ヴィム・ヴェンダースがつくったセバスチャン・サルガドのドキュメンタリー映画がある。邦題だと『地球へのラブレター』となっている。

 

人間に絶望しかかったサルガドは、人間をささえている地球に希望を見出したようだ。

 

ボクもはやく都市を離れて、自然の偉大さにふれてみたい。

全ての装備を知恵に置き換えること(集英社文庫) 石川 直樹

高校生のころ、しきりに星野道夫の本を読んでいた。

 

そのころ、ひとりきりでアラスカやカナダを旅することを夢みていた。だれもいない荒野でひとりたたずみ、風や雨や光を感じる。そんな時間をすごしたくてたまらなかった。

 

けっきょく、死んだり何かに襲われたりするのが怖くてそれは実行に移さずじまいだった。

 

ただ、最近、やけくそになったわけではなく、もう十分に生きたかなという感じがしている。

 

政治家が言う、安全・安心な生活を生きるのは、もうこれくらいでいいかなと思っているのだ。

 

それよりも、じぶんの見知らぬ土地を旅し、世界中のさまざまなひとと言葉を交わしてみたい。たとえ、それが自分の命を危険にさらすというリスクをおかすものであったとしても。

 

著者の石川直樹の本は、別のものを読んだことがあった。

 

じぶんとそれほど違わない年齢の人間が、じぶんが思い描いていたような生活をしている、そのことを嬉しく思ったし、また焦りを感じたのを覚えている。

 

就職してから数年が経ったころ、本屋でこの本をみつけた。

 

タイトルにひかれたのは、じぶんも同じようなことを理想としているからだろうと思う。ただ、行動に移しているかどうかという点において、著者とわたしは格段の違いがあるけれども。

 

素晴らしいのは、一番最初の文章だ。著者の考えのすべてがこの一節におさめられているような気がする。

 

本の最後に著者は言う。旅とは、歩き続けることだと。

 

いままでボクは、何かかしら目的をもったり、特別なことをしなければ旅とは言えないのではないかと考えていたが、この言葉はボクのそんな思い込みを吹き飛ばしてくれた。

 

高い山に登るのでも、特別な場所にいくのでもない。

 

ただ、歩き続ける。

 

それなら、ボクにもできそうだ。

 

リュックひとつかついで、そろそろ旅にでもでようかと考えている。

イカの哲学 (集英社新書 0430) 中沢新一・波多野一郎

 

いろいろな本を読んでいると、「どうしてこのひとの著作や本人が注目されなかったのだろう」と思うことがある。

 

五〇年近くも前に亡くなってしまった、この波多野一郎という哲学者がそうだ。

 

この本は波多野一郎という哲学者が書いた『烏賊の哲学』というほんの短い文章について、中沢新一が紹介をし、論を展開するという構成になっている。

 

波多野一郎というひとの人生は、この時代に生きた多くのひとがそうであったように、過酷なものだ。

 

特攻隊として出撃命令を受け(けっきょく、出撃せず)、シベリアに抑留されている。

 

戦後はスタンフォード大学に留学し哲学の勉強をするのだが、そのときにアルバイトでイカを取り扱っている工場で働くことになる。

 

彼が目にするのは大量のイカ、イカ、イカ。

 

彼のなかで戦争で死んでいったひとびとや、自分自身も戦争で死にかけたこと、どうしてそんな悲惨なことが起こってしまったのかという感覚は、ずっと残っていたかと思う。

 

そうして、その感覚と目の前を通りすぎていく大量のイカがむすびつき、彼は平和のための思想を直観する。

 

この本におさめられている『烏賊の哲学』という文章だけでも、ぜひ読んでいただきたい。

日本文学史序説<上><下>(ちくま学芸文庫) 加藤 周一

 評論家・加藤周一による日本文学史。名著です。

 

主要な文学者、思想家、宗教家の作品が網羅されていて、それぞれの作品や人物の特徴、時代背景との関連性、前の時代から受けた影響と後の時代に与えた影響などについて書かれてあります。

 

上巻の冒頭には、加藤周一の日本文学史に対する考え方がきれいに整理され、簡潔に記述されているので、興味をもたれた方はそれをご覧になってみて、購入するかどうか検討されるといいと思います。

 

この本は一通り読んだのですが、わたしはあまり歴史が、特に日本史が得意ではないので、読むのにけっこう苦労しました。日本史の知識がしっかりされている方は、楽しんで読むことができるのかなと思います。

 

そして、長いです。私は朝の通勤時間やお昼休み、帰宅してからのちょっとした時間などを使って読み進めていましたが、1,2ヶ月はかかった記憶があります。

 

それにしても圧巻なのは、加藤周一の知識量とカヴァーする範囲の広さです。一人の人間がここまでできるもんなんですね。

 

本書の中には数百冊くらいの作品について言及されているかと思いますが、そのうちの一つの作品を読み解くだけでもえらい労力と時間がかかります。なんといっても、古語で書かれてますからね。現代語で書かれた作品を読むのとは負荷が違う。

 

類書としては、小西甚一による日本文学史 (講談社学術文庫)なんかもあります。こちらは分量がそれほどでもないですし、わりとすぐに読めてしまうのではないでしょうか。

 

写真がもっと好きになる。 菅原一剛の写真ワークショップ。 菅原一剛

写真というものにひかれてずいぶんと長いことになる。

 

しかし、写真を眺めるのが好きばかりで、じぶんで撮るところまではいかなかった。若い頃に奮発して買ったデジタル一眼レフは、整理用の段ボール箱のなかでひっそりと眠るようになって久しい。

 

この本の中で印象的だったのは、夜明け前の青の話だ。

 

青は始まりの色。闇がひいていき、朝が始まろうとするとき、空は深い群青色で満たされる。

 

若い女の人がベランダに立っている。彼女は夜明け前の青のなかに浸っている。長い間つづいていた何かが終わりをつげ、彼女の人生が新しく始まろうとしている、そんな予感をさせる写真が載せられている。

 

この本も僕の本棚から失われて久しい。

 

一時期は常に枕元にあった本だったのだが。

 

具体的なテクニックの話はあまりでてこない。それよりも、光や対象との向き合い方について丁寧に書かれている。

 

写真を撮るときには、感動が大事だという。人の心を動かす写真は、まず、それを撮った本人が感動しているのだ。

 

これから写真を始めようとしているひとも、すでに写真をはじめたひとも、手に取って読んでみてはいかかだろうか。

 

ふしぎなキリスト教(講談社現代新書) 橋爪大三郎×大澤真幸

現代社会のシステムや構造を読み解くにあたってキリスト教に関する知識は必須だと思っていますが、学校でも教えられることはほとんどないので、とっつきづらいという印象をもたれる方が多いと思います。

 

この本を手にとられる方はキリスト教に詳しくない方が多いと思いますが、この本に対する評価はまっぷたつです。

 

本に対する姿勢として、評価がまっぷたつにわかれているような場合は、その分野について特に詳しくなければ、精神的にはある程度の距離を置いて接したほうが無難かと思います。

 

私自身はこの本を割合に面白く読んだのですが、記述のところどころが断定口調であり、そこのところはあまり鵜呑みにせずに、とくに距離をとっています。

 

予備校の先生や大学の人気教授とよばれる人たちは、大体が断定口調で、単純明快な論理できれいに説明される方が多く、確かに読んだり聞いたりしていて、なるほどと思わせるのですが、その後、いろいろと自分なりに他の本を読んだり調べたりしていくと、その人たちの主張が必ずしも妥当しないという、ごくごく当たり前のことに気づかされます。

 

この本はキリスト教の入門書というよりも、ある程度知識がついてきてから、さまざまある見解のひとつとして参考にする本、そういうスタンスで接するのがいいかと思います。